2010-07-20 Tue
夏ですねぇ。テレビをつければ、ビキニ姿の女の子がCMにいっぱい出てきます。
新聞に挟まれてくるちらしにも水着の広告でビキニがいっぱいです。
水着だから許されるのでしょうが、素材を変えれば、デザインそのものは下着です。
大事なところのみを隠すという効能は、なんとも色っぽく、女ながらドキドキしてしまうのです。
でも、だからこそ、憧れなんですけどね。
さて、この歳になると、自分の体と重力との引き合いを感じざるをえません。
放っておけば、惑星の中心へ中心へと行きたがるお肉。
ぷるるんと揺れる二の腕の感触は柔らかで、個人的には好きなのですが、鏡に映った姿を見ると、人様には見せられないなぁと思います。
不思議なことに、この歳になってみて、「ビキニを着ておけばよかった!」と思うのです。
あと20年、いや10年でもいいや、若い頃に着ておけばよかったと思うのです。
着物でも振袖は演歌歌手でもない限り、20代前半ぐらいと着用の賞味期限があります。
そういう「人生のこの時期しか着られない」という時期を逸してしまった後悔とでもいうのでしょうか。
今、まさに「あの時、着ておけばなぁ…」と思うことが多いのです。
そりゃね、今だって、着るだけならできるんですよ、着るだけなら。
こっそり買ってきて、一人、部屋で着替えてなんてことは、今日にでもできるんです。
でも、その姿を誰に見せるっていうんです。
自分で見るのだって、怖いのに。
でも、若い頃だったら着れたかというと、そんなことはありません。
現に私は着ることなく、青春時代を無為に(?)過ごしてしまいました。
「私に似合うはずもないわ」と引っ込んでました。
まあ、今思えば、自意識過剰ですね。
誰があんたのこと見てるんだって。
でも、また、今思えば、あの頃なら許されただろうから(誰に?)、着とけばよかったのに、と思ったりするのです。
そんな憧れがビキニにはあるんですね。
しかし、ハワイなんかでは、でっぷりとふくよかなおばあちゃんがビキニで海岸を歩いているというぞ。
行こうかな、ハワイ。
青春の憧れを果たすために。
2010-05-26 Wed
名古屋城へ行ってきました。子どもの頃は何度か行ったのですが、大人になってから行くのは初めて。
我が家に来たお客さんが「名古屋城を見てみたい」と言うので行くことになりました。
本丸御殿の再建中だそうで、大きな囲いでぐるっと囲まれた工事現場があり、そこを抜けるとお城があります。
駐車場からお城までちょっとした距離があります。
よく晴れた日だったので、ちょっとばかり暑い。
「こんなに遠かったかな?」
と日頃の運動不足を棚に上げて、ひいこら言っておりましたら、
あら?
視界にヘンなカッコウした人が飛び込んできた。
鎧兜をつけて歩いています。
歩き方ものっしのっしという感じで、なんだか偉そう。
時々、観光客の人から声をかけられ、一緒に写真を撮っています。
あ、あれが、うわさの
おもてなし武将隊か!
と気づいたのです。
なんでも、今年が名古屋開府から400年になるそうで、それを盛り上げようと集結(?)したそうです。
織田信長はちょっと西洋風の甲冑で、成金的に派手なのが秀吉、金色のタジン鍋のフタみたな兜をかぶっているのは前田利家だそうです。
声をかけられると緊張するので、遠巻きに見ながら名古屋城の中へ入りました。
お城の中をぐるっと見ての帰り道、黒いタジン鍋のフタ(タジン鍋、タジン鍋って失礼ですよね、ごめんなさいね、ちょうどいい例えがそれしか浮ばなくて)様の兜をかぶった武将が歩いていました。
「あれはきっと加藤清正だよ」
と言う私に、
「なんでわかるの?」
と家族G。
「だって、岡崎城にある加藤清正の像があんな格好だったもん」
「ほんとか? テキトーに言ってないか?」
なんだと?とムッとした私は、恥ずかしさもなんのその、ずんずん歩いていって、
「すみません」
と黒タジン武将に声をかけた。
「なんじゃ?」
「あの、ちょっと聞いてもいいですか?」
「苦しゅうない。なんでも申されよ」
武将の受け答えは偉そうだった。
自分と武将の空間だけが、戦国時代にタイムスリップしたような気分だ。
「あの、あなたは誰ですか?」
ふつうにそこらへんにいる人に言ったら、意味分かんない質問に、武将はかっこよく笑って(けっこう、どの武将もカッコいい人がやっている)、
「加藤清正じゃ」
とかっこよく答えてくれた。
「ほら~、やっぱり~。私の言ったとおりじゃん」
と家族Gに勝利宣言をする私。(子どもっぽい)
「なんでわかったの~?」
と言う家族Gに
「へへへん」
と威張る私を加藤清正は笑って見ていた。
2010-05-17 Mon
風邪は治ったのに、咳が残って朝晩苦しんでいた。夕方から夜、明け方がひどく、とめどなく咳が出るので、みぞおちのあたりが筋肉痛になってしまった。
ゲ~ホゲホゲホゲホと、いつまでもいつまでも咳き込むのでそばで寝ている家族はうるさいに違いない。
しかも、朝3時ごろからゲホゲホやるので安眠を妨げているんだろうなぁ。
仕方ないので、朝、咳き込んだら起きることにした。
そして、日の出の前から洗濯やらアイロンがけなどして過ごしてみた。
鏡を見たら、顔が真っ白。
貧血気味。
睡眠不足がたたってしまった。
インターネットで「咳」と検索してみると、けっこういろんな病気の可能性が出てくる。
「咳がいつまでも長引く人は肺がんになりやすいんですよ」
なんて、昔、人から聞いた言葉も思い出して、病院へ行くことにした。
尿検査を済ませ、聴診器で胸の音を聞いてもらった。
「風邪ですね。咳だけ長引いて残っているのでしょう?」
「はい」
「貼るタイプの薬を出してもいいんですけど、ちょっと強いですから、飲み薬を出します。それで一週間様子を見ましょう。ダメなら、ステロイド吸引という方法もありますが」
「ステロイド?!」
「ん~、そんな怖い薬じゃないですよ。でも、今日出す薬を飲んでもすぐには効きません。2,3日かかります」
診察が終わった後、私は(なんとか自力で治さねば)と考えた。
ステロイドがどんなものなのか正確な知識はないのだが、アトピー性皮膚炎で苦しんだ人を身近に知っている私は「ステロイド」と聞くと(怖い)と思ってしまう。
薬なしで治したい。
でも、のんびり治していたら、睡眠不足で倒れてしまう。
そうだ、ここはあれだ!
はちみつ大根!
たしか、喉の痛みとか、咳に効くって聞いたことがあるぞ。
さっそくスーパーによって、大根を買って帰った。
大根5センチ分を1センチ角に切り、大根がかぶるぐらいのはちみつをかけて一晩寝かした。
その後、大根を濾して、残った汁をお湯で割って飲んだ。
「こんなのが効くのかな~?」
お医者さんが薬を使ってもすぐには治らないといった症状が、こんな日常の食材で治るのかと、おばあちゃんの知恵を疑いつつも、一日に3,4回飲んだ。
にゃんと!
2日目にして、すでに咳の出は激減!
朝、咳き込んで目が覚めることはなくなった。
ありがたや~。
もっと長引くかと思って、たっぷり500CCぐらい作ってしまったので、しばらく飲み続けようと思う。
これ、どういうメカニズムなんだろうね。
2010-05-09 Sun
珍しく風邪を引いた。かなりしっかりした風邪だ。
声が枯れて、日に日にヘンな声になっている。
寒気もしっかりある。
ここ数年、鼻かぜなら引くこともあったが、これだけしっかりと風邪を引いたのは珍しい。
日記を見たら、ちょうど去年の今頃も熱を出していた。(5年日記に書いている)
去年は風邪じゃなかったけど、この時期は体調を崩す時期なのか?
来年が楽しみだ。
それにしても、我が家族。
私の声が枯れようが、おかまいなし。
「ご飯作ろうか?」
とも言われない。
たしかに、声の調子は悪いし、寒気もするが、動けちゃうのよね。
今日も庭の畑にきゅうりとなすとトマトの苗を植えました。
これから夕飯の準備で~す。
手抜きで~す。
ホットプレートで焼きそばだー。
2010-05-06 Thu
大学生のころ、私は一人暮らしをしていた。一人暮らしを始めた最初のころは、「がんばるぞー!」と張り切って自炊していた。
朝はご飯を炊いて、オムレツを作り、お味噌汁とともにいただいた。
昼はお弁当を作り、夜は安い食材でいかにおいしいものを作るかということに興味があって、せっせと作っていた。
しかし、そんなのは最初の数ヶ月。
そのうち、朝ごはんはトーストとコーヒーとなり、昼は一旦帰ってきて(大学の近所に住んでいた)、あるもので済ませていた。
夜はと言えば、アルバイトがある日は、アルバイト先で出してもらったものをいただいていた。
ない日は、帰ってきて、「お腹空いた~」とお菓子に手を出し、それをぽりぽりやってるうちに空腹が満たされて、それで終わりになってしまうこともあった。
そのころから、ひどい便秘に悩まされるようになった。
今思えば、こんな食生活が原因であることは、すぐわかるのだが、当時の私はそんなことに関心すらなかった。
いくら「う~ん」と下腹部に力を入れても、出るものが出ない。
あとちょっと、そこまで来てるのに…という感じだけはわかる。
もうちょっと「う~ん…」を繰り返せば、出てきてくれるのかしらと思うのだが、何度も何度も「う~ん」とやるのは苦しい。
酸素が足りなくて、頭までくらくらしてくる。
とっても大きな忘れ物を体の内部に残したまま、その残○感に落ち着かないまま、休むことにした。
そして、一晩休むと、なぜか、不思議なことにするっと出てくるのだった。
それを体験してからは、がんばっても出てこないときは、中途半端な感覚が体に残っていても寝ることにした。
今考えると、あれは寝ている間に体の水分が集まって、ウン○くんを柔らかくしていたんじゃないのかな~。
就職して数年後。
そのときも一人暮らしだった。
仕事をしてお金が入るようになったので、夕飯は外食で済ますことが多くなっていた。
朝は相変わらず、トーストにコーヒー。
昼は社員食堂。
そんな私の体に愛想をつかしたようで、とうとう、本当に出てきてくれないうん○くんが現れた。
一晩寝てから、と思っても、もう少し、あとちょっとで出そうな状態の大きく開いた開口部は閉じるはずもなく、歩こうにも歩けない。
引っ込めるに引っ込められず、出そうにも出てこないという、にっちもさっちもいかない状態だった。
これはもう、進むしかない!
そう腹を決めた私は、貧血覚悟で「うーーーーーーーーーーーんっっっっっ」と踏ん張った。
しかし、出ない。
一旦、トイレを出て、うろうろするが、あの部分にモノがはまり込んでいる状態というのは、非常に体調を左右するものらしく、私は脂汗をかき、立ち歩くのも精一杯という感じで、早々にトイレに戻るのだった。
一体、どのぐらいの時間が過ぎたのだろう。
何度も踏ん張った私の体は、もうへろへろ。
力を入れても入れてもダメなので、もう頭は諦めていた。
しかし、体は、これを出さないことにはなんともならんというところまできていた。
めりめりめりめり……。
と音がして、それが出てきた。
「音がした」といっても、それは私の中の感覚で、聞こえたわけではない。
体の一部が引き裂かれるような、そんな感じ。
うううう~~~~。
やっと、やっと、出てきたぁ~。
しかし、体中のエネルギーを使い果たした私はそれ以上動けなかった。
しばらくしてから、動き出し、なんとか立ち上がることができた。
見ると、そこには大根かと見まごうものがでんと鎮座ましましていた。
こ、こんなでっかいものが体から出てくるのか。
私はしばし見入ってしまった。
私のお尻は、じんじんと痛み、しばらく座れそうにない。
「大」のスイッチを押して、水を流した。
しかし、その大根はちっとも動かない。
「甘いな」
とでも言うように、流水を楽しんでいるようにも見える。
「このやろう」と何度も何度も水を流している間に、だんだんふやけてきた大根は二つに折れ、なんとか去っていってくれた。
…が。
……が。
その後が大変だった。
なんと、大根は、流れた先で詰まり、その後、トイレを使ったら、水が流れず、あふれそうになってきたのだ。
うぎゃーーーーー!!!!
夜の8時。
手当たり次第にお店を探し、トイレで使う「スッポン」(棒の先に吸引用のゴムが着いているもの)をなんとか手に入れた。
トイレに向かって、スッポン、スッポンと繰り返し、何とか、ザザザ~と流れるようになった。
体がしんどいのに加え、いらぬ出費までして、私はやっとこさ、食べるものの大切さを考えるようになったのだった。
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