2010-05-06 Thu
大学生のころ、私は一人暮らしをしていた。一人暮らしを始めた最初のころは、「がんばるぞー!」と張り切って自炊していた。
朝はご飯を炊いて、オムレツを作り、お味噌汁とともにいただいた。
昼はお弁当を作り、夜は安い食材でいかにおいしいものを作るかということに興味があって、せっせと作っていた。
しかし、そんなのは最初の数ヶ月。
そのうち、朝ごはんはトーストとコーヒーとなり、昼は一旦帰ってきて(大学の近所に住んでいた)、あるもので済ませていた。
夜はと言えば、アルバイトがある日は、アルバイト先で出してもらったものをいただいていた。
ない日は、帰ってきて、「お腹空いた~」とお菓子に手を出し、それをぽりぽりやってるうちに空腹が満たされて、それで終わりになってしまうこともあった。
そのころから、ひどい便秘に悩まされるようになった。
今思えば、こんな食生活が原因であることは、すぐわかるのだが、当時の私はそんなことに関心すらなかった。
いくら「う~ん」と下腹部に力を入れても、出るものが出ない。
あとちょっと、そこまで来てるのに…という感じだけはわかる。
もうちょっと「う~ん…」を繰り返せば、出てきてくれるのかしらと思うのだが、何度も何度も「う~ん」とやるのは苦しい。
酸素が足りなくて、頭までくらくらしてくる。
とっても大きな忘れ物を体の内部に残したまま、その残○感に落ち着かないまま、休むことにした。
そして、一晩休むと、なぜか、不思議なことにするっと出てくるのだった。
それを体験してからは、がんばっても出てこないときは、中途半端な感覚が体に残っていても寝ることにした。
今考えると、あれは寝ている間に体の水分が集まって、ウン○くんを柔らかくしていたんじゃないのかな~。
就職して数年後。
そのときも一人暮らしだった。
仕事をしてお金が入るようになったので、夕飯は外食で済ますことが多くなっていた。
朝は相変わらず、トーストにコーヒー。
昼は社員食堂。
そんな私の体に愛想をつかしたようで、とうとう、本当に出てきてくれないうん○くんが現れた。
一晩寝てから、と思っても、もう少し、あとちょっとで出そうな状態の大きく開いた開口部は閉じるはずもなく、歩こうにも歩けない。
引っ込めるに引っ込められず、出そうにも出てこないという、にっちもさっちもいかない状態だった。
これはもう、進むしかない!
そう腹を決めた私は、貧血覚悟で「うーーーーーーーーーーーんっっっっっ」と踏ん張った。
しかし、出ない。
一旦、トイレを出て、うろうろするが、あの部分にモノがはまり込んでいる状態というのは、非常に体調を左右するものらしく、私は脂汗をかき、立ち歩くのも精一杯という感じで、早々にトイレに戻るのだった。
一体、どのぐらいの時間が過ぎたのだろう。
何度も踏ん張った私の体は、もうへろへろ。
力を入れても入れてもダメなので、もう頭は諦めていた。
しかし、体は、これを出さないことにはなんともならんというところまできていた。
めりめりめりめり……。
と音がして、それが出てきた。
「音がした」といっても、それは私の中の感覚で、聞こえたわけではない。
体の一部が引き裂かれるような、そんな感じ。
うううう~~~~。
やっと、やっと、出てきたぁ~。
しかし、体中のエネルギーを使い果たした私はそれ以上動けなかった。
しばらくしてから、動き出し、なんとか立ち上がることができた。
見ると、そこには大根かと見まごうものがでんと鎮座ましましていた。
こ、こんなでっかいものが体から出てくるのか。
私はしばし見入ってしまった。
私のお尻は、じんじんと痛み、しばらく座れそうにない。
「大」のスイッチを押して、水を流した。
しかし、その大根はちっとも動かない。
「甘いな」
とでも言うように、流水を楽しんでいるようにも見える。
「このやろう」と何度も何度も水を流している間に、だんだんふやけてきた大根は二つに折れ、なんとか去っていってくれた。
…が。
……が。
その後が大変だった。
なんと、大根は、流れた先で詰まり、その後、トイレを使ったら、水が流れず、あふれそうになってきたのだ。
うぎゃーーーーー!!!!
夜の8時。
手当たり次第にお店を探し、トイレで使う「スッポン」(棒の先に吸引用のゴムが着いているもの)をなんとか手に入れた。
トイレに向かって、スッポン、スッポンと繰り返し、何とか、ザザザ~と流れるようになった。
体がしんどいのに加え、いらぬ出費までして、私はやっとこさ、食べるものの大切さを考えるようになったのだった。
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