2009-04-29 Wed
うちの冷蔵庫、今年で14年目を迎えた。買った当時としては大き目の280リットル。
まだ一人暮らしだったので、買って来たものは何でも放り込めて便利だった。
しかし、この14年の歳月の間に、ずいぶん冷蔵庫も変わった。
パーシャル冷凍とか(内容はよく知らないが)、急速冷凍、切れる冷凍…、冷凍技術のなんという進歩!
なかには、野菜が劣化する原因のガスを除去して、鮮度を保つなんていう機能のあるのもあるし、氷が自動でできあがるなんていうのはあったり前!
時々、電気屋さんに行っては新型冷蔵庫をのぞき、店員さんが近づいてくるまでいろいろ触りまくって、店員さんが声をかけてきそうになったら、あたふたとその場を離れるワタクシと家族。
まあ、まだ使えるし。
待てば、もっといいのが、もっと安く買えるぞと思っていた。
が。
そろそろ買い替えかなと思う事件(?)が起きた。
ついこの間、気づいたのだが、ドアが開きっ放しになっていることがけっこうあるのだ。
開けっ放しとはいっても、ガバーッと開いているのではなく、ほんの数センチ空いた状態なので、逆に気づきにくい。
だから、気づいたときには
「今まで何時間放電しちゃってたんだろう…」
と心配になる。
なんで、こうなったのかな。
最初は家族がちゃんと閉めなかったのかと思い、「ちゃんと閉めなさいよ」と言っていた。
しかし、あんまり頻繁にあるので、原因は他にあるような気がしてきた。
そう思って、ドアを開けたり閉めたりしてみる。
ドアはちゃんと閉まる。
別にドアパッキンが悪くなってるとかそういう問題ではないらしい。
う~む…。
先日、一番下の野菜室からもやしを出したとき、その原因がわかった。
野菜室のドア(ドアというよりは野菜庫自体)を押して、閉めようとしたときだ。
野菜室のドアが閉まったのと同時に、その勢いで上のドアにぽこんっと隙間ができたのだ。
下を入れたら、上が出てきちゃったわけである。
ありゃ~、こりゃ、もう買い替えだね。
14年目にして、初めて買い替えの必要を実感したのでした。
2009-04-27 Mon
仕事でパソコンを使っています。カチャカチャとキーボードを打っていたら、通りかかった同僚から
「見ないで打てるなんて、すごいね」
と言われた。
「私なんて、両手の人差し指しか使わないから、2本だけよ」
と。
うきっ!
実は数年前まで私も2本打法であった。
手の上にハンカチを置いて、左手小指でQQQQQ、右の人差し指でJJJJJなんて練習したときもあったが、どうもそういう努力型の練習は続かなかった。
ある日、電気屋さんに行ったら、ブラインドタッチのソフトが売っているのを知った。
そのときは『北斗の拳』みたいな格闘ものが多かった。
いろんな種類の中から、私は『タイピング泪橋 あしたのジョー闘打』(だったかな?)を買って帰った。
最初は、だん平さんの声にあわせて、
「あしたのために、打つべし! 打つべし! 打つべし!」
と基本のキータッチを練習した。
そして、練習。
画面に「な」とか「や」という字が出るので、それをローマ字入力で打ち込む。
ちゃんと打てると、ジョーのスパー相手が「うっ!」とか「もう、勘弁してぇなぁ」と言ってくる。
打つのが遅いと、だん平さんの声で喝が入る。
シューズがキュッキュッと床を鳴らす音まで入っている。
さて、スパーが終わると、実戦である。
実際に『あしたのジョー』の中で、ジョーと対戦したハリマオやら、力石、カーロス・リベラ、ホセ・メンドウサなんかが出てくる。
カーンという鐘の音とともに、簡単な単語が画面に浮かぶ。
これをキーボードで打ち込む。
レベルが上がってくると、単語だけではなく、文章になったり、12月24日のような数字の入ったものになったり、カタカナが入ってきたりする。
それを正しく打ち込むと、だん平さんが
「そこだ! ジョー!!」
とかなんとか叫ぶ。(もうだいぶ前にやったことなので、ずいぶんうろ覚え)
すると、画面に「スペースキーを打て」と出るので、そこを打つと、相手をダウンさせられる。
ダウンを何回か取ると、こっちの勝ちとなる。
でも、逆に間違って打ったり、遅かったりすると、自分(ジョー)がダウンし、それを繰り返すと負けてしまう。
さて、最後はホセ・メンドウサ。
マンガ本編では、何度も立ち上がってくるジョーにホセは恐怖を感じ、髪が真っ白になってしまう。
そして、ジョーは真っ白な灰になって燃え尽きるという流れです。
私は、なんとかホセに勝って、本編とは違う結末を見ようとがんばりました。
しかし、なんとしても勝てないのです。
何度も練習をし、98パーセントの確率で正確に打てるようになってるのに勝てません。
難度を下げてやってみても、やっぱり、ジョーは真っ白に燃え尽きちゃうのです。
「ぐわー! なんでやねん!!」
と、私は基本の練習から徹底し直し、一日3~4時間打ち込みを続け、挑戦しまくりました。
しかし…。
きっと、これさ、ホセには勝てないプログラミングになってるのね…。
そう思わざるを得ないほど、結末は同じでした。
自分(ジョー)が一度もダウンしていなくて、ホセが何回ダウンしようと、自分(ジョー)は負けちゃうのです。
くそー!
くそー!
そういってやってるうちに、
はい! ちゃんと打てるようになりました。
ブラインド・タッチ!
この結末は喜ぶべきでしょうが、やっぱりホセに勝ちたかった。
2009-04-25 Sat
YOU TUBEという、大変便利なメディアのおかげで、「あの時のあの曲が聴きたい」
という願いがかなり迅速にかなえられるようになった。
最近、私は昔のアニメのオープニングとエンディングの曲をよく聴いています。
たとえば、『はじめ人間ギャートルズ』。
聴いてみて初めて、原人みたいなあの生き物の名前が「ドテッチン」じゃなくて、「ドテチン」なんだということに気づいたり、終わりの歌を歌っているのが、かまやつひろしだったということを知りました。
子どもの時には、注目しようにも、そんなことに関心がありませんから、この歳になって知ると、かえって新鮮です。
さて、いろんな昔のアニメの曲を聴いていたら、あることに気づきました。
オープニングに比べて、エンディングが圧倒的に暗い曲が多いのです。
暗いというと語弊がありますが、しみじみとした曲調だったり、悲しげだったりするのです。
先に挙げた『ギャートルズ』も終わりの曲は、静かに♪なんにもない なんにもない まったくなんにもない♪と哲学的な感じさえする曲です。
『一休さん』は、♪母上さまぁ~♪という出だしからして、一休さんのさびしさに満ちています。
個人的に私がアニメソングの中で、特に大好きな『キャプテン』のエンディングは、男性コーラスで♪きみぃ~の せ~なかぁ~にぃ~♪と重々しく始まります。
じっと聴き入って、涙が浮かんできちゃいそうです。
『キューティーハニー』や『デビルマン』のエンディングも、ハニーやデビルマンの孤独がひしひしと伝わってきます。
『ガンバ』に至っては♪お前と仲間のどくろをう~つすぅ~♪なんて、ちょっと子ども心にも怖いくらいでした。
でも、きっとこれでバランスが取れていたんでしょうね。
楽しい、うきうき!勇気に元気!というオープニングに対して、そうじゃないときもある、さびしさに暮れるときがあって、それで人間さみたいな、ね。
いつ頃からか、アニメや実写のドラマの中で、死んだ人が生き返ってきたり、死んだはずなのに(魂の姿として?)姿を現してしまうという演出が多くなってきたように思います。
あれはなしでしょ、と思います。
もう会えないから、「死」なのに、それをなしにしちゃうというのはどうなのかな、と。
「もともと虚構だから」
とも言えるのですが、虚構だからこそ、一線を越えてしまったら、なんでもありで、かえってつまらなくなるような気がするのです。
本当の「死」として扱うからこそ、「生」を持って残ったものの存在が生きるのじゃないかなと思うのです。
死んじゃっても、また出てくるよというのでは、虚構であることがバレバレで、その虚構の世界にのめりこめません。
最初から「これ、うそ」と言われた話を、真剣には聞けませんよね。
昔のアニメの終わりの曲が悲しいのは、虚構の中の「とっても現実」の部分のような気がします。
2009-04-21 Tue
虫の季節になってきました。私は虫が嫌いです。
蚊が出てくる季節は、各部屋に蚊とりマットの類が置いてあります。
ほとんど通電しているので、本当は体には良くないんじゃないかと思うのですが、耳元であの蚊のぶ~んという羽音を聞くことを思えば、やむを得ません。
そして、我が家の立地は虫の多い場所なのです。
そろそろ家族に
「玄関の電気、つけないでよ!」
と、宣言しなければいけません。
玄関の内側の電灯をつけていると、外から帰ってきたときに、虫が光に誘われて家に入ってきてしまうからです。
しかも、いつの間に入ってきたのか、手のひらサイズの蛾がいたり、台所の天井にびたっと張り付く甲虫を見つけたりしたこともあります。
凍りつきました。
そこで、玄関は外側の電灯だけつけ、内側は暗くする、というわけです。
身近に虫のいない環境というのは、人間の住む本来の環境ではないだろうと思いつつ、虫が苦手な私には憧れです。
ファーブル先生、ごめんなさい。
2009-04-20 Mon
仕事のことで頭がいっぱいになっていた。いや、仕事そのものというよりは、仕事にまつわることで文句を言ってきた人のことだ。
仕事のミスではなく、いわゆるクレームというもので、特にこちらに非はないのだが、攻撃的な言葉と態度は人を疲弊させる。
職場で対応を考え、同僚とも連絡を取って、このあとの進め方は決まった。
後は、調査をし、相手に報告すればいいのだが、その報告に対して、相手がどんな態度に出るかと考えると、憂鬱になってしまう。
このところ、休みの日もずっと仕事に出ていて、体力的にはかなり厳しかった。
今週、やっと1日朝から晩まで「休み」となったのだが、頭の中は先のクレームの件で埋まっていた。
買い物に行っても、車を運転していても、洗濯物をたたんでいても、頭の中はそのことばかり。
いい加減、うんざりしてきた。
「そんなことは忘れちゃえ」
とは思う。
タイガー・ウッズはショットで失敗しても、3歩歩けば忘れる訓練をして、それを身につけたそうだ。
が、そう、それは訓練しければ身につかないほど、難しいことなのだ。
と、いいわけをしたくなるほど、どこまでいってもついてくる。
なんで、こんなことに心を支配されなきゃいけないんだ、と思っていた。
と、
ぎゅっ、きゅるるるる~~~~。
急な腹痛。
「痛いー。ううう~」
小一時間、苦しみ続けた。
お腹に湯たんぽをあて、苦しみに耐える。
何が原因なんだ?
何か悪いもの食べた?
おトイレに何度か通ううち、なんとか山場を過ぎた。
そして、気づくと、頭の中のクレームは消えていた。
よく、大きな痛みを感じると、小さなキズの痛みは感じなくなるなんていうが、そういう感じだ。
(クレームの悩みと腹痛の苦しさのどっちが大きいか小さいかということは置いておいて)
体が、
「もういいよ。あとはなんとかなるって」
と、憂鬱をかわしてくれたような気がする。
もう、悩むのやめよう。
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