2009-06-29 Mon
ちょっとコンビニ行ってくるという家族Aに「モナ王食べたい」
と、おねだりをした。
買い物から帰ってきた家族Aが、
「モナ王、冷凍庫に入れといたよ」
と言うのを聞いたら、さっきまで食べたくて仕方なかったのに、手に入った安心感からか、そのうち食べることにした。
1週間ほどして、家族がみんな留守のときに、こっそり一人で食べることにした。
(こういうときほど、食べたくなるんだな~)
袋を破って、ぱくっと一口。
「あれ?」
想像していた食感と違う。
サクッとしつつ、少ししなびたモナカの皮に、ざっくりと分厚いバニラアイス。
そして、
あれ?
あれがない。
板チョコの「パキンッ」という食感がない。
なんで?
なんで?
これ、「モナ王」だよね?
あわててパッケージを見てみると、ちゃんと「モナ王」と書かれている。
ここでやっと、私は誤解していたことに気づいた。
「モナ王」はバニラアイスにモナカの皮なのだ。
私が食べたがっていたのは、森永の「チョコモナカジャンボ」だったのだ。
「モナ王」は、ロッテだった。
そこへ帰ってきた家族A。
「あ、一人で食べてる! ずるいっ!」
「一口ちょうだい」
と言うので、
「ほれっ」
と差し出したところ、
「あれ? チョコ入ってないじゃん」
と言う。
「やっぱり? そうだよね。『モナ王』ってチョコが入ってるのだと思ってたよね」
「うん。そう思ってた。あれ、違うやつなんだ。知らんかったな~」
そう。
なぜか、アイスモナカと言えば、「モナ王」なのである。
それがアイスモナカを代表する名前だと思っていた。
森永さん、ごめんなさい。
いつも食べるモナカは、御社製造のチョコ入り「ジャンボ」なのですが、このブログを書くために調べて、初めて名前を認識いたしました。
今度買うときは、どっちを買うか悩むところです。
ロッテのバニラも好きだもん。(このっ、八方美人)
2009-06-24 Wed
子どものころ、夏休みになると親の在所に行った。たいてい、父親の実家に行き、そこで一週間近く過ごした。
お盆の時期は、親戚中が帰ってきたので、在所はちょっとした保育園・小学校状態だった。
在所の従兄の部屋で、従兄弟たちと一緒に寝転がってマンガを読んだり、近くの川へ泳ぎに行ったり、夜は親戚中が集まって、庭でバーベキューをしたりした。
暑い最中に出されるスイカやとうもろこし、トマトはいくら食べても減らなくて、どれだけ食べてもいいのがうれしかった。
在所は米どころだったので、朝ごはんに出される炊き立てのご飯の味は最高だった。
味噌汁もおいしくて、一緒に出されるきゅうりやなすのぬか漬けだけでおかずはじゅうぶんだった。
夏の帰省は、毎年の恒例行事だったが、子どもが大きくなり、中学校に入ったころから、次第に足が向かなくなっていった。
在所も代が変わって、私より5つほど年上の従兄が家を継いでいる。
子どものころは、「兄ちゃん、兄ちゃん」と追い掛け回していたものだが、この歳になると、そう気楽には会えない。
でも、最近、なぜだろう、妙に、もう一度帰りたいと思う。
私の実家はそこではないから、「帰りたい」という言葉はおかしいのだけれど、在所の家のにおいや山並み、田園の風景など、子どものころに染み込んだものをもう一度味わいたいと強烈に思うのだ。
大人になって、在所に集まる大勢の家族のために食事を用意してくれたり、寝場所を提供してくれたおじさん・おばさんの大変さも少し想像がつくようになった。
おじさん・おばさんが元気なうちに、
「あのとき、とっても楽しかったの。本当にありがとう」
と感謝の気持ちを伝えたい。
「元気なうちに」と思う人が増えてきたからかもしれない。
自分が生まれたときから大人だった人たちが、歳を取り、若いころと同じようには体が言うことをきかないことを目の当たりにするようになってきたからかもしれない。
そして、自分も同じように歳を取っていくことがわかるようになったからかもしれない。
2009-06-23 Tue
夕飯の準備をしようと、台所に立った。昨日作った野菜スープがあるから助かるわ、とガスレンジの上にある大なべのフタを取った。
ところが、
な、なんと、スープの上には白い膜が張っていた。
ええーー!!
昨日作って、今朝もあっためて食べたのに、もうダメになっちゃったのーーー?!
大量に作った野菜スープは、今夜の夕飯分ぐらいは余裕で残っていたのだ。
これを頼りに、メニューを考えていたのに…。
我が家は日中家にいる人がいないので、窓は閉め切っている。
暑い日になると、家中がサウナのような暑さになる。
「もう、そんな季節になったのか…」
寒くてイヤだと言っていた冬がなつかしい。
我が家の小さな冷蔵庫は、これから味噌汁の入った鍋やおかずなどがどんどん入れられ、狭くなる。
スイカはまるごとでは買えない。買っても、入れるスペースがない。
あ~、夏が来たのね、夏が。
2009-06-20 Sat
おまわりさんに捕まったときの気持ちの悪さを思うと、もう二度とやらないぞと思うものである。「捕まる」って、やな言葉だね~。
自分がものすごく極悪なことをしてしまったような感じがする。
しかも、罰則金を払う用紙だったか、何かにハンコを押さなくちゃいけなかったのだが、ハンコがないから、親指で指紋を押すことに。
あのときはほんと、自分が日本社会の底に落ち込んでいくような気がしたな~。
さて、2回目におまわりさんのお世話になったのは、1回目とは違って現行犯でした。
1回目の駐車違反のように、車に札がくっついていて、間接的に捕まるのと、目の前におまわりさんがいて、直接捕まるのではショックの大きさが違う。
1回目のあと、私は真面目な運転手であった。
(いや、基本的に真面目)
子どもの頃から、「人が見ていなくても、正しいと思ったことをしなさい」なんて刷り込まれていたから、生活全般が真面目。
そんな私が、なんでまたおまわりさんのお世話になっちゃったのか。
信号無視である。
人にこう言うと、「うわー! それはすごいことやっちゃったね」と言われる。
たぶん、赤信号をぶっちぎって、交通量の多い交差店を突き抜けたというイメージなのだろう。
違います、違います。
交通量は多かったけど、交差点に進入したとき、信号は黄色だったのだ。
私と同じように何台もの車が走っていた。
そして、交差点の向こう側に着くころ、赤信号になっていた。
私の車が最後尾だった。
とはいっても、同じように走り抜ける車とほぼ同列だったのだが。
見ると、私の進行方向と交差する道路の左側に、白バイが信号を待って止まっていた。
交差点を抜けるときに、その姿に気づいた私は
「やばい!」
と、同時に、青に変わった信号に沿って、白バイが左折してきた。
そして、
「はい。そこの軽、左側に寄ってくださ~い」
とマイクを通して、呼び止められた。
この瞬間の胸の悪さ。
思い出しても、息苦しくなる。
車を左端によせて、停車し、車を降りた。
白バイもすぐ後ろに止まった。
「あ~あ…。また、反則金払って、講習受けるのか…」
と半ば諦めた私は、なんとか希望を見出そうと、
(あら、白バイの人ってけっこうかっこいい。この人なら、お金払ってもいいか)
と無理やり、自分を納得させようとしていた。
たしかに、ヘルメットをかぶり、青い制服に身を包んだ、そのお兄さんはかっこよかった。
が、ヘルメットを取るなり、それは幻影と消えた。
(おっさんやんけっ!)
一人、心の中でつぶやいていた。
「今、交差点に進入時、信号は黄色で、交差点を出るまでに信号が赤になりました。これについて、何か異議申し立てはありますか」
と丁寧に言われた。
「…ありません」
と私。
後から知ったことだが、このとき、
「後ろから車が迫ってきていたので、安全確保のため、交差点に進入しました」
とかなんとか言えば、免除される場合もあったそうな。
でも、当時の私はやっと就職が決まったばかりで、ここで文句を言ったならば、きっと就職先に連絡が行き、私の働き口はちゃらになってしまうという、国家権力に対する大きな妄想があった。
白バイのおまわりさんは、(白バイに乗ってる人は「おまわりさん」とは言わないのかな?)
「スピード違反とかですと、計測器の誤差がありますから、時速10キロオーバーまでは目をつむるのですが、この場合は、はっきりしておりますので」
と、また丁寧にお話をされ、さらに、
「罰則金を払いますか」
と聞かれるので、私は思わず、
「え? 払わなくてもいいんですか?」
と、一瞬、夢のような気分になって聞き返してしまった。
「いえ、その場合は懲役で牢屋に入ることになります。お金を払って、それを免除されるということですね」
と、これまた、丁寧な説明。
「な、なるほど。お金払います」
「そうですか。少し高いですが、9000円です」
と言われ、前に駐車違反で15000円払っている私は、内心、
(安いじゃん)
と思ってしまった。
そして、証明書だか、なんだかの紙に拇印を押して、事務手続き(?)は終了。
「それでは、安全運転でお願いします」
と、さわやかにおまわりさんは去っていった。
数日後、何とかお金を工面して(やっぱり9000円は高かった…)、郵便局に振込みに行った。
窓口の人の視線が痛かった(気のせい、気のせい)。
この後、私はおまわりさんのお世話になっていない。
今後も、なりたくない。
できれば。
2009-06-18 Thu
最近、家族が夕飯が終わった後に、冷蔵庫や戸棚を開けるということが増えている。何をしているのかと見ると、菓子パンやアイス、せんべいなんかを探しているのである。
さっき、ご飯を食べたとこなのに。
ちゃんとお茶碗に2杯も食べてたじゃないの、という家族でもいただきもののバームクーヘンを食べてたりする。
我が家は食後はお茶を飲むくらいで、それ以上何かを食べるということはあまりなかった。
なんでかなぁと考えてみた。
「あっ」
すぐ思い当たった。
夕飯のメニューが貧しいのである…。
ご飯、味噌汁、おかず1品、終わり。
こういう具合だ。
おかずが1品でも、それに充分ボリュームがあれば、満足がいく。
しかし、この1品が貧しいのである。
お金がなくて、というわけではなくて、あまりにテキトーな作りで、内容的に「貧しい」なのである。
私の仕事が忙しくて、ご飯に頭がいかず、家に帰ってきても、疲れきっていて、毎日「どっか食べに行こうよー」と思っているぐらいなんだから、まともに作れるはずがない。
しかし、我が家族、その日、その日でみんな帰ってくる時刻が違うもんだから、外食はかなわない。
昨日はトマトを刻み、ピーマンを切り、イカを輪切りにして、オリーブオイルで炒めた。
出来上がりはとってもおいしかったのだが、家族が帰ってきたころには時間が経って熱が回りすぎ、トマトの水分が抜けて、しゃびしゃびスープのようになってしまっていた。
これじゃあ、ちょっとなぁと思い、おろしてあったアジに小麦粉をはたいてカリッと焼いて、イカ入りトマトスープ(?)をソースとして添えることにした。
べろ(舌)の感覚が保守系のうちの家族は、食べたことのないこのメニューで満足するのだろうか。
どう見ても、おかずが足りない。
もう一品なんかあってもいいだろ、と自分で突っ込みを入れたくなったが、もう、これ以上、何かを作るエネルギーは私には残っていなかった。
「ごめんね。なんか、おかずに迫力ないね」
という私に、
「いや、そんなことない」
と言いつつ、家族たちは黙って食べていた。
食後、お茶を飲みながら、家族たちはそれぞれに冷蔵庫を開け、戸棚の中を探っていた。
買い物する時間もないので、何も買い置きがない。
家族はしばらく探索したあと、「なんかないの~?」と嘆いていた。
す、すまぬ。
週末まで待ってちょ。
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