2009-07-30 Thu
私の知り合いで、とても頭のいい人がいて、何を聞いても正確に答えてくれる人がいるのだが、その人がある日、「服部(ふくべ)って書いて、『はっとり』って読むんだなぁ。知らなかった…」
と、しみじみ言っていたことがある。
そんなの当たり前でしょ、と思うことを何でも知ってるその人が知らなかったりするので面白い。
ところで、私は高校生のときに、
「へ~、これってそういうこと、そういう意味だったんだ」
と、驚くことがよくあった。
まわりの友だちからしたら、
「なんで、そんなことも知らないの?」
というレベルなのだが、私には新鮮だった。
例えば、
「一郎」という名前の人は長男、
「次郎」は次男、
「三郎」は三男につける名前
ということとか。
その応用編として、
「真一」「健一」「祐二」「雄三」と数字を見れば、その人が何番目の生まれなのかがわかる、
ということも知った。
どうして、みんなが当たり前にそれを知っているのかも不思議だった。
当然のように知っているので、我が親の教育が特殊なのかと思ったほどだ。
さて、そんな高校時代。
文化祭に向けて、私の所属する部活動は準備に余念がなかった。
下校時刻が過ぎても帰らないので、守衛さんから何度も「帰れコール」をされていた。
しかし、あんまり準備することが多すぎて、これは泊まっていくしかない、という話になった。
高3の男の先輩に、
「たぬき、こりゃ、泊まりだぞ」
と言われた私は、元気よく、
「じゃあ、一緒に夜明けのコーヒーが飲めますね」
と答えた。
先輩が一瞬ヘンな顔をしたような気もしたが、まったく意に介さず、また作業を始めた私のところに、友だちが猛ダッシュでやってきた。
友だちは私の手首をつかんで、奥の部室に引っ張り込んだ。
「痛いなぁ、なによ、急に」
という私に、彼女は、
「あんた、今、自分が言ったことの意味わかってるの?」
と、まくしたててきた。
なんのことやら?という私に、
「『夜明けのコーヒー』ってやつよ!」
と言うので、
「ああ、だって、よく言うじゃん。『君と夜明けのコーヒーが飲みたい』なんてさ」
と答えたら、
「あ~、やっぱり、わかってないんだぁ。たぬき、あのさぁ…」
と、友だちはその言葉の真の意味を教えてくれた。
赤面…。
単なるコーヒーを飲む時間帯を指定した言葉じゃなかったんですね。
その後、友だちと大笑い。
こうして、私も大人の仲間入り(?)をしたのでした。
2009-07-29 Wed
毎日、雨。今年の梅雨明けは8月になりそうだ。
こう雨が続くと、洗濯物は乾かないし、お布団は干せないし、つい、空に恨み言を言いたくなってしまう。
しかし、最近は「そうでもないか」と思える。
新聞で読んだのか、雑誌だったか覚えていないのだが、何事も前向きに捉える人の話が載っていた。
よくある、「コップに半分水が入っていて、これを『あと半分しかない』と見るか、『まだ半分もある』と見るか」という話の後者の発想を持った人の話だ。
その人は、その記事の著者の友人らしいのだが、どうにもならんだろうという状況でも、他の人の考え付かない発想で、物事を前向きに捉えられるのだった。
20日ほど雨の続いたある日、記事の著者は、これだけ雨が降ったら、いくらなんでも、
「もうそろそろあがってほしいわね」
とか
「いつまで降るのかしら」
とかといった一言が出るだろうと、その友人に雨の話をしたそうだ。
すると、その人は
「これが1日で降らずにすんでくれたことに感謝しなくちゃ」
この記事を読んで以来、「雨が続いて、やんなっちゃうなぁ」と思っても、「でも、まあ、分散してくれてるんだから」と思えるようになった。
2009-07-27 Mon
女友だち5人でわいわいおしゃべりをしていたときのこと。「たぬき、もうちょっとおしゃれしなさいよ」
と言われた。
その一言が発せられた後、次々に
「そうよ、もうちょっとフリフリのついた服着て、自分を飾らなくちゃだめ」
「髪も伸ばして、巻き髪にして女を売りなさい!」
「イヤリングは、ゆらゆら揺れるような長いのをつけなきゃっ」
「もっと笑顔を磨いてっ!」
とマシンガンのように口々にまくし立てられた。
その日、私はポロシャツにジーンズ、髪は後ろで一つに結んでいた。
友だちはそれぞれおしゃれで、同い年とは思えないほど若々しい服装だし、年齢よりは3~5歳は若く見えた。
そういうことに関心の薄い私は、「そうだねぇ」とお茶を濁していた。
しかし、心のどこかにひっかかっていたようで、数日後、デパートに行ったときに化粧品売り場に立ち寄っている私がいた。
化粧品売り場は苦手だ。
だって、店員さんがきれいなんだもん。
私は美人に弱い。
美人がそばにいると緊張する。
いろいろ商品について説明してもらったりしたら、断れなくて買わなくちゃいけなくなってしまう。
そんな怖さが、化粧品売り場にはある。
しかし、友だち4人に囲まれて、あーだこーだと言われた影響なのか、その日の私は
「すみませ~ん」
と店員さんに声をかけていた。
「いらっしゃいませ」
と応えてくれた店員さんはありがたいことに柔らかな雰囲気の人だった。
「あのですね、アイシャドーをするのにどれを使えばいいかと教えてもらいたくて…」
と言うと、いくつかの商品を出してくれた。
店員さんの言うには、人それぞれ肌の「地色(じいろ)」というものがあり、黄色か青なのだそう。
黄色の人はオレンジ、茶、緑などが合い、青の人は白、青、紫などが合うそう。
私はずばり「青の人」でした。
ちょっと赤系の色も試してみたかったので、赤と青の入っている商品と濃い青から薄い青と青で統一した商品の二つを試させてもらった。
いやぁ~、化粧ってすごいねっ!
自分の顔ながら、雰囲気がずいぶん変わるの。
参っちゃった。
一言で言うと、「妖艶」。
自分で自分のことをそんな言葉で表すのって、はっずかしー!という感じですが、変わるもんです。
ちょっと目線を斜めにしてみると、なんだか、もう、気分は、
「悪女っ!」
ってなもんで、そんなことを言ってる私に店員さん大笑い。
「男を困らせてみたくなりますね」
なんて軽口を叩きながら、青系のアイシャドーのパレットと筆を一本買って帰りました。
これから、練習しま~す。
めざせ、夜に輝く女
2009-07-24 Fri
近所で一番大きなレンタルビデオ店に行った。フェデリコ・フェリーニ監督の『道』という映画を探していた。
レンタルビデオのお店の中というのは、なんであんなに目的のものが見つけにくいのだろうか。
半年に1度ぐらいしか行かないので、ビデオの並び順に慣れていないというのもあるが、いつ行っても時間ばかりかかってしまう。
店員さんに訊くと、すばやく見つけてくれるのだが、私がお店に行くのは、たいてい「1本100円」なんていうセールのときだから、店員さんも忙しく、そうそう声をかけるチャンスがない。
「新作」「準新作」「サスペンス」「青春」「ラブロマンス」「感動」…と並べられている項目では、どれにあたるのかなと困ってしまう。
しかも、私が探している『道』という映画は私が生まれるよりずっと前の映画で、お店にあるのかどうかも怪しいのだ。
「クラシック」という項目のところに行ってみた。
チャップリンの作品や『国民の創生』なんていう、映画が生まれた初期の時代のものが復刻版で並んでいた。
しかし、『道』は見つからなかった。じゃんねん。
結局、見つけられずにお店を出た。
『道』を初めて見たのは、小学生の頃。
全体に暗く、物悲しい雰囲気で、出てくる男も女も幸せそうではなかった。
親がテレビで見ていたのを一緒に見ただけだったが、妙に記憶に残っていて、「あれは本当はどんな映画なんだろう?」と気になっていた。
それを知りたくて探しているのである。
「さよなら、さよなら、さよなら…」で有名な淀川長治さんが、ラジオ番組の中で、
「キスシーンがあるようなラブストーリーの映画は、子どもには何歳ぐらいから見せたらいいのですか?」
という手紙に、
「いつでも見せてください」
と答えていた。
これは、なんでもかんでも無責任に与えろという話ではなく、子どもは子どもなりに感じるものがあり、いい映画は何歳からでも見せてくださいというような話の流れで出た言葉だと記憶している。
大人になった今思うと、淀川さんのおっしゃるとおりで、子どもの頃見た映画(ドラえもんとか子ども向けのじゃなくて)で妙に記憶が残っているものが多い。
『鉄道員』のお父さんの孤独は話がわからなくても充分伝わってきたし、『ひまわり』の切なさはソフィア・ローレンの表情が十二分(じゅうにぶん)に伝えてくれた。
『哀愁』のヴィヴィアン・リーの美しさは子ども心にも哀しいほどだった。
『七人の侍』は、最近見直してみたら、子どものころ見たときの感動の方が大きくて、拍子抜けしたほどだ。
ストーリー自体の理解は大人になってからの方が深いが、感動ということになると、これは大人も子どもも変わらないような気がする。
最初の感動が大きいと、次に同じものを見たときの落胆も大きいんじゃないかなんていう怖さはあるが、やっぱり見たいなぁ、『道』。
2009-07-22 Wed
数年前、ひどい腹痛に襲われた。ベッドの上で丸まって耐えていたが、そのうち、悲鳴をあげるくらいの痛みになり、救急車を呼んでもらった。
救急車を呼ぶというのは、けっこう勇気がいる。
ピーポー音で、ご近所に救急車がくることは知れ渡ってしまう。
タクシー代わりに救急車を呼ぶ不埒者がいる今の時代、救急車を呼ぶには、まだまだ甘い痛みなんじゃないかとか、あれこれ考えてしまう。
しかし、その日は、「そんなこと言ってられねー!」という痛みだった。
家族はおろおろするばかりで動こうとしない。
内心、(そろそろ病院行こうかとか、救急車呼ぶ?とか聞けよっ!)と思いながら、唸っていた。
背中をさすってくれるのはいいが、痛みはひどくなるばかり、家族はあたふたするばかり。
これはもう、自分で決断するしかないのだと、
「救急車呼んでっ!!!」
と叫んだ。
家族も救急車を呼ぼうかどうしようかと迷っていたようで、その一言で、「呼んでいいの?」なんて言いながら、ほっとしたように電話をかけに行った。
「電話したよ」
という報告を聞きながら、依然続く痛みに耐えていた。
何分で来るんだろう。
早く来て!
時間がやたらとゆっくり流れているような気がした。
もういい加減にしてくれっという痛みの中、耳のかたすみで「…ポー、ピーポー」という音に気づいた。
…あ、救急車が来た。
途端に、体が楽になるのがわかった。
痛みは続いているのだが、「これで、倒れようが、気を失おうが大丈夫だ」という安心があった。
ピーポーが玄関の前でやんだ。
玄関から人の声がして、2階の私のところへ、消防士さんが上がってきた。
「もう大丈夫ですよ!」
消防士さんの力強い声がした。
(実は痛みのために、私はずっと目を開けることもできなかったので、来てくれた消防士さんが何人だったのか、どんな顔した人だったのか最後まで知らなかった)
この声に、私は救われたような気がした。
もう大丈夫、私は痛みだけに集中すればいいんだ、よけいなことは何も考えなくていい、そんな気持ちだった。
階段を抱えられながら降りて、そこに置かれていた担架に横になった。
そのまま、救急車に運び込まれ、出発。
「一番痛かったときを10とすると、今の痛みはどのぐらいですか?」
消防士さんが聞いてきた。
私は救急車で運ばれている自分が情けなくて、涙が出てきてしまった。
「…3ぐらいです」
と答えると、消防士さんは痛みのための涙と思ったようで、
「そんなに痛かったんですか」
ちょっと悪い気がした。
「あと5分ほどで病院に着きますよ」
「もう大丈夫ですよ」
と何度も力強い声をかけてくれた。
できれば、このまま消防士さんと結婚したい(笑)なんて思う余裕が出てきた。
しかし、実は少し困っていた。
私の腹痛は救急車で運ばれているあいだに、どんどん治まってしまっていたのだ。
きっと消防士さんの「大丈夫ですよ」で安心をもらい、急速に快方に向かったのだろう。
人間の体とはそういうものだ。
が、救急車呼んどいて、病院に着いたら「治っちゃいました」ではいかんだろうと思い、多少痛がる振りをした。
病院に着くと、お医者さんと看護婦さんに囲まれ、検査、検査、検査の連続。
全然、ほっとできない。
急患もたくさんいて、お医者さんは走り回っていた。
お医者さんよりも消防士さんに治してもらった腹痛であった。
できれば、ずっと消防士さんにそばにいてほしかったな。
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