ブログランキング・にほんブログ村へ
カレンダー
S M T W T F S
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30    
<<  2009 - 09  >>
最新記事
カテゴリー
アーカイブス
プロフィール
 
合計:56396
今日:22
昨日:76
POWERED BY
POWERED BY
ぶろぐん
DESIGN BY
ブログンサポート
検 索


来る、来ない
ここのところ、不在がち。
帰りが遅いのだ。

家に着いて、ポストを見てみると、
「あ、まただ…」
新聞屋さんが集金に来た様子。
ポストの中に、市指定のゴミ袋がサービスで入れてあった。

今時、新聞代を通帳引き落としにしないのもいかんかなとは思うのだが、いつも集金をお願いしてしまう。
以前、引き落としにしたら、新聞をやめた後も引き落とされたことがあって、それ以来疑心暗鬼になっている。


さて、今取っている新聞で集金に来てくれる人は、毎回、ゴミ袋をくれる。
私の住んでいる地域は、ゴミを出すときに、市の指定したゴミ袋で出すことになっている。
このゴミ袋は有料。
だから、1枚でも2枚でもいただけるのはありがたい。

実は一昨日もポストにゴミ袋が入れてあった。
「新聞屋さん来たんだな」
とは思ったものの、帰り着いたのは夜の10時。
昨日も同じような時間だった。

連日、ゴミ袋を入れてもらって、ちょっと申し訳ない。
払いに行こうかとも思ったけれど、日中、行ってる時間がない。
遠いし。

今日はわりと早く帰ってこられたので、
「今日来てくれるといいな~」
と待っている。

いつでも出られるようにと思うと、化粧も落とせない。
化粧を落とし始めた途端に、「ピンポ~ン」とチャイムが鳴ったらどうしようなどと考えてしまう。
(と、思いつつ、落としましたが…)

けっこう、こういう日に限って来なかったりするんだよね。

| たんたんたぬき | 18:06 | comments (0) | trackback (x) | 日々の出来事 |
食べる、食べる、食べていたあのころ。
中学生のころ、部活で猛烈に運動をしていた私は猛烈に食べていた。

夕飯ができるのが待ちきれず、ごはんに納豆をかけて食べ、さらにトーストを焼いて食べた。

そうしているうちにご飯ができる。

「いただきます」と言った後は、必ず、「一人何個?」と訊く。

例えば、唐揚げだとか餃子のようなおかずの場合は数が限られている。
「一人3個よ」
と言われれば、限定されたその個数でうまいことご飯を消費しなければいけない。

餃子1個でご飯一杯は持たせられた。

母親の記憶では、私は限定おかずを急いで食べてから、「ふ~っ」とため息をついて、それからいそいそとご飯を食べていたそうだ。
(本人は覚えていない)

限定おかずは兄弟との争いになるので、なるべく早く大きなものをゲットしなければいけない。

ある日、決められた数を数えながら餃子を食べていた。
「これが3個目」
「次が4個目だから、あと6個食べられる」
なんて具合だ。

そうして4個目に箸を伸ばした瞬間、隣に座っていた兄が、バシッと私の箸を叩き落した。
なにすんのよ!と睨んだら、
「それは俺の餃子だ」
と言う。

お皿には餃子が秩序なく、ばらばらに山盛りになっている。
いつ、兄貴の餃子と決まったのだ。

「俺は、俺の目の前にある10個の餃子を食べるんだ」
と、箸でここらへんだと示してみせた。

そんなの聞いてないよと思いつつ、でかいのを探しながら食べている私にはその考え方が理解できなかった。
どうして、もっとたらふく食べようとしないのか、と。

そんな私だったので、相当に食い意地が張っていた。

大学生の頃、あるコンサートホールに行ったときのことである。
天井に音響のためなのか、大きな布が何枚もかけてあった。
「なんかこんにゃくみたいだね」

舞台の上に立てかけてある舞台装置を見て、
「チョコレートみたい」

一緒にいた友だちから、
「例えが全部、食べ物だね」
と言われ、ちょっと恥ずかしかった。

仕事を始めたばかりのころは、職場にお菓子の箱があると、絶対に開けた。
中にあるのは、文房具など仕事で使うものばかり。
食べ物が入っているんだろうという下心に内心一人で照れていた。


ところが、である。

最近、あまり食べないのである。
ご飯も、お菓子も。

中学生のとき、誕生日にショートケーキ10個を平らげた私なのに。
友だちと遊びに行ったら、お昼はドーナツ5個にシェイクを飲んでいた私なのに。


もう、上に伸びる必要のない体は、栄養を欲していないらしい。

そういえば、毎年楽しみにしていたこの時期のお菓子、栗きんとん(お正月料理のようなものではなく、茶巾絞りになったもの)が、今年はあまり私の気を引かなかった。
人からいただいた1個を食べて、
「はぁ~、秋の味だね。堪能させていただきました」
と満足していた。


人の食べているものでもなんでも食べたがったあの頃の自分は、自分でもかなり恥ずかしく、
「食べ物に執着する癖がなくなればいいのに」
と思っていたが、こうも落ち着いてしまうと、「あれが食べられる~、ルンルン音符」と楽しみに満ちていた頃が懐かしかったりする。


| たんたんたぬき | 18:02 | comments (0) | trackback (x) | 日々の出来事 |
うそじゃん
子どもの頃、よく聞かされた話。

「今、かわいい子は大人になったらそうでもないんだよ」

学級に一人はいる、目を惹くかわいい子。
そして、「かわいい」なんて言葉とは縁遠い私たち(なぜか複数形)。

そんな私たちを励まそうと、その親が言っていたのが上の言葉だ。

この言葉に
「今、そう美人でもない子でも、大人になったら美人になるかもよ」
という希望的観測を感じ取ったものだ。


そうして迎えた成人式。
昔、かわいかった子はやっぱりかわいいままだった。
かわいいだけじゃなく、「美人」になっていた。

他の「私たち」は、まあ、成人式用にめかしこんでいるので
「まあ、きれいになって!」
と言われるぐらいにはなっていたが(?)、それもそのときだけ。
ふだんの姿で集合したら、そんな言葉は出ない。
「昔から変わってないね~」
と和むのが関の山なのである。


ああ、なんて罪深い言葉!
子どもの頃のべっぴんさんは大人になってもべっぴんさんなんじゃっ。


でも、最近、感じる真実。
40近くなると、磨き続けた人がきれいになるということ。
重力に抗(あらが)う努力をした者のみに、美の栄光は降り注ぐ。

10年後が怖い。

| たんたんたぬき | 17:59 | comments (0) | trackback (x) | 日々の出来事 |
敬老の日に思う。
今日は敬老の日です。

子どもの頃は、遠くに住んでいるおじいちゃん、おばあちゃんに手紙を書いたり、何か贈ったりという日だった。
(何にもしない年の方が多かった気もするけど)

40代が近づいてくるにつれ、敬老の日の捉え方が変わってきた。

自分の祖父母はすでにこの世にない。

ふと気づけば、自分の親が敬老の日の対象に入りつつある。
いや、実際は、「入りつつある」じゃなくて、もう立派に「入ってる」なんだろうけど、そこのところを認めたくない気持ちがある。

庭仕事をした後、居間に横になって寝入っている親の姿を見ると、疲れきったように見えて、「歳取ったなぁ~」と思い、寂しくなる。
昔はその後、夕飯を作ったり、テレビを見てたりと次のことをやり始めていたのだが、今はちょっと休まないともたないらしい。

自分も歳を取っているのだから、親が歳を取るのは当たり前なのに、「いつかこの世に親がいなくなる日がくるのか」という思考にはまってしまう。
すると、す~ぐ目が潤み、鼻がツ~ンとして、喉がつまってしまう。

そして思い出す。

NHKでやっていたドラマ。
武田鉄矢の若い頃の話だ。
(かなり、うろ覚えですが)
鉄矢青年は好きな女の子に振られ、とぼとぼと線路の上を歩いていた。
線路の上に横たわり、死に場所を決めた。

しかし、もう終電は出てしまったあとで、鉄矢青年は生きて家に帰った。

家に帰り着き、電車に轢かれて死ぬつもりだったと母親に告げる。

すると、桃井かおりさん演じる鉄矢母は猛然と怒り出し、鉄矢を殴る。
「死ぬのにはな、順番があるんだ。あんたは母ちゃんが死んだ後じゃなきゃ死ねない、そういう決まりだ!!」
みたいなことを博多弁でまくし立てる。
博多弁の力もあって、鉄矢母の言葉はずしんと響いた。


以前、自分の母親に聞いたことがある。
「一番の親不孝ってなに?」
母は、
「親より早く死ぬこと」
と即座に答えた。

当時、小学生だった私は、「なんだ、そんなことか」と思った。
しかし、歳を重ねるごとに重みを増す言葉である。


…すみません。
どうも、暗くなってしまった。

まあ、お互い元気なうちは元気で、やっていきましょう。
ありがとうね、お父ちゃん、お母ちゃん。

| たんたんたぬき | 17:04 | comments (0) | trackback (x) | 日々の出来事 |
ちょっとずつね
足に不具合があり、整体に行った。
この不具合との付き合いは長く、どこに行っても「今の医学では治せませんね」と痛み止めやシップをもらう程度で終わっていた。
しかし、どうもこの頃、日常生活を普通にこなすことに不安を感じるほど痛むようになった。
少し遠いが、背に腹は変えられぬと、友人から教えてもらった病院へ行ってみた。

そこの病院の先生は、
「ここでやる治療はほんの一部。ここでの時間より生活全体の時間の方が圧倒的に長いでしょ、そこを直さないと根本的に治らないよ」
と言われ、う~ん至極名言と唸ってしまった。

姿勢を良くして過ごし、体を柔らかくするように、体は冷やさないなどいろいろお話を伺い、家に帰った。
(治療も受けたんですよ、ちゃんと)

試しに腰を前に屈め、どこまで曲がるかやってみた。

………。

膝よりちょっと下までしか指が届かない…。

硬い。
言い訳のしようのない固さ。

でも、これ以上曲げようとすると、ふくらはぎから腿にかけてつるように痛みが走る。

足を良くしたい一心で、病院にも置いてあったこんなものを買った。

ストレッチボード。
角度の付いた板に90秒立ち続ける。

私は病院で教えてもらった体操をボードに立ちながらやっている。

最初は立つことさえできなかった。
足首が曲がらず、後ろに倒れそうになるのだ。

そこで、一番低い角度から初めて、できる体操だけするようにした。

私の性格からいくと、一番きつい角度で、どの体操も理想的にやりたいと思ってしまうのだが、そんなのは無理!
悔しいけど、今の私の足では無理なのである。

病院の院長先生は60代の方なのだが、一番きつい角度に楽々立っていた。

できないことはできないと認め、できることからやっていく。
これが今の私にできることだ。
と、ちょっと哲学的(?)に開き直り、毎日3分、ちびちび始めた。

続けていると、一番小さな角度から少しずつ角度を上げられるようになってきた。
とはいっても、何かにつかまりながらだけど。
つかまってないと後ろに倒れちゃうの。
でも、数分立ち続けると、手を離せるようになる。
そして、体操もできる。

この前、出かけた先でトイレに入った。
足首の曲がりにくい私にとって、和式のトイレは非常に辛いのだが、ずらっと並ぶトイレに洋式はなく、仕方なく和式のトイレに入った。

びっくりしたのはそのとき。
しゃがめた!

しゃがむのだから、足首が曲がらなければ無理なのだ。
それができた!
(トイレの話だから、足首限定で想像してください汗

10年来曲がらなかった足首が曲がって、体重を支えている。
す、すごい。

トイレでしゃがみ込みながら感動してる自分もなんなんだが、毎日少しずつでも続けるとこんな瞬間を迎えることができるのかと感動した。

さぁ、今日もボードに乗ろうっと。

| たんたんたぬき | 08:54 | comments (0) | trackback (x) | 日々の出来事 |