2009-11-23 Mon
夏も終わり、秋も過ぎようとしている今日。やっと蚊取り器を片付けた。
私は蚊が苦手だ。
あの「ぶぃ~ん、ぶ~んぶぃ~ん」という羽音を聞くと総毛立つ。
刺されるとやたらと痒いし、何日経っても治まらない。
特にその年の初めに刺されたところは秋になってもまだ痒い。
しかも、何人人がいても私だけ刺される。
蚊に好かれる体質なのか、二酸化炭素の排出量が人より多く(?)蚊を寄せ付けるのか、
「蚊なんかいたっけ?」
と言う人がいる一方、私は必ず刺される。
だから、本当に蚊は嫌いだ。
なので、我が家にはどの部屋にも蚊取り器が置いてある。
8畳ぐらいの部屋だと2個は置く。
体にはいいことではないのかもと思うが、蚊がいることの恐怖を思えば仕方ない。
実は10月の半ばに、家中にある蚊取り器を片付けていた。
朝晩冷えるようになって、もう蚊も出ないだろうと思い、カゴに入れて物置にしまった。
のに!
なのに!
ある天気のいい日、お布団を干したり、風を通したりして、一日窓を開けて過ごした。
(網戸は閉めていたのだが)
その日の夜。
日中干したお布団でぬくぬくと眠っていた真夜中。
ぶぃ~~~~ん。
不快な音で目が覚めた。
「かゆい!」
私は左のあごからほっぺをかきまくった。
時計を見ると、午前3時。
蚊、蚊だ!
なんで、こんな時間に刺すんだ。
睡眠時間が細切れになっちゃうじゃないかっ!
刺されるのも腹が立つが、そのタイミングにさらに怒り爆発!
しかも、もう秋なんだぞ!
もう退場する季節だろ!
いい加減にしろ!
このやろうーーーーー!!!
私は激怒し、布団を蹴っ飛ばし、キンチョールを部屋中に撒き散らした。
そんな私の姿は、ちょうど、『ダイハード』の映画で主人公を何としても殺そうと狙う悪役たちが、
「死にやがれーーーー!!!」
と弾丸を撃ちまくる姿そのものだ。
キンチョールを撒きまくったその部屋で寝るのもどうかと思うが、私はさらに蚊取り器を物置から引っ張り出し、コンセントをつないでスイッチオン!
「わはははは、これでもう生きてはいられまいっ」
と息巻いて布団に入った。
翌日、各部屋に再度蚊取り器を置きなおし、今日に至ったわけである。
もう出てくるなよ。
ちなみに、夜中に刺されたとき、同じ部屋で寝ていた家族たちは、
蚊の羽音を感じていたらしい。
しかし、
「一番刺されやすい人のとこに行け」
と、布団をかぶって寝ていたそうだ。
く、くそ~~~。
2009-11-19 Thu
新米はおいしいですね~。つい先日まで、昨年のお米を食べていた。
1年以上経ってしまったのと五分づきだったことで、ぱさぱさした食感だった。
でも、これを食べきらないことには新米を食べることはできないと毎日食べ続けた。
そして、やっと新米に突入。
今回は七分づきにしたので、五分づきのときと比べると眩しいくらいに白く輝いている。
炊き上がりもふっくらもちもち。
今日は私よりも家族の方が帰りが遅い。
夕飯のおかずも、後は焼くだけとなったのだが、焼きたてを食べさせたいと帰りを待っていた。
お気に入りのブログを見ていると、
ピ~ピロピロピ~。
と、ご飯の炊けた合図が鳴った。
しゃもじを水にぬらして、さっくりかき混ぜる。
ああ、おいしそう。
思わず、しゃもじでひとすくい。
ぱくっ。
もぐもぐもぐ…、うんまいっ!!
ああ、おいしいなぁ~と、またブログを読み出した。
実は昨日炊いたご飯が一膳分残っていて、それを私は夕飯に食べるつもりだった。
炊き立ての新米のおいしさよ…。
なんで、ご飯作ってる私が昨日のご飯で、他の家族が炊きたてなの?
私も炊き立てがいい!
なんて思いながら、ブログを読んでいた。
思わず立ち上がって、しゃもじを炊飯器に突っ込んだ。
私はパソコンの画面を見ながら、しゃもじで炊きたて新米を食べ続けた。
(だって、お腹空いたんだもん)
(新米おいしいんだもん)
もう、帰りを待ってないで、そろそろご飯にしようっっと。
2009-11-15 Sun
ファンではないのですが、マイケル・ジャクソンの『THIS IS IT』を観てきました。ラジオでこれを見たアナウンサーの人が、
「すごいです、これ、見ないと損です!」
と話していたのを聞き、2週間だけの期間限定と聞き、まあ、行ってみるかと行ってみました。
これは、もともとは今年7月にロンドンで行われる予定だった、マイケル・ジャクソンのコンサートに向けた練習風景を撮ったもので、マイケル自身の個人的な記録のためだったとか、コンサートのDVDを出すときの特典映像として、メイキングを紹介するために撮っていたと聞きました。
が、
が、
これはいいです。
80年代の「スリラー」や「バッド」に代表されるような、マイケル全盛期に中学・高校時代をすごした私は、マイケル・ジャクソンのアルバムはよく聴いていたのですが、マイケル来日に熱狂的な興奮を感じることもない、そこらへんの一介のリスナーでしかありませんでした。
さらに、その後の、度重なるマイケルの整形手術の話や金遣いが荒いとか、子どもに対しての対応がどうだとかいうゴシップも、
「そうなの~?」
ぐらいにしか興味がなく、今回のコンサートに至っては、
「お金が足りなくなったから、やるのかな?」
ぐらいの受け止め方でした。
ごめんなさい、マイケル!
マイケル本人の生活や考えていること、やってきたことの本当のところなんて、誰も知る由もありませんし、メディアの伝えるマイケル像もそれぞれに意図があって行われるものですから、正確にマイケル・ジャクソンを伝えているものなどほとんどないのでしょう。
それを知る必要もないのだけど、この映画はすごかった!
二週間限定の言葉に乗っちゃった自分を笑いながらも、
「いや、見といて正解! 私、えらい!!」
と言いたくなりました。
映画が終わった後、しばらく客席からは席を立つ人どころか、声も上がりませんでした。
この感動を伝えたいけれど、それを伝える上等の言葉が見つからない。
まったく、自分の言語能力の低さを感じました。
下手に言葉にすれば、チンケになるだけ、そんな気がしました。
そんな言葉足らずですが、この感動を一言で言えと言われたら、もう、とにかく、何と言っても、
「かっこいい」
のです。
マイケルを最高にかっこよく見せるために音楽も照明もダンサーの踊りもすべて製作されているというのはわかっていても、これはもう、マイケルだからなのだと体の奥から震えが来るようでした。
集まったダンサーは超一流で、きっとマイケルよりも踊りのうまさで言えば、上をいく人もいるのでしょうし、マイケルが一番うまく見えるようにするのが演出なのだとは思うのですが、うまさに勝る魅力というものに打ちのめされました。
映画ですから、制作側がある意図を持って編集をしているのだとはわかっていながら、音の一つ一つにこだわり、それをまわりのアーティストに細かく指示するマイケルの姿は、ワイドショーをにぎわせていたマイケルではなく、まさしくエンターテイナーでした。
一番うれしかったのは、マイケルが歌う歌の一つ一つを昔と同じように歌ってくれたこと。
よく往年の歌手が昔売れた歌を、昔とは違ったアレンジで聴かせるということはよくある話です。
表現者としては、いつも同じように歌うのはやはり面白くはないでしょうし、年齢を重ねる中で「今はこの歌い方で歌いたい。これが今のベストだ」ということはあるのでしょう。
マイケルはそれを一切しませんでした。
自分たちが青春時代に聴きなれた曲のまま再現し、かつあの頃よりも格段にダンスがうまい。きれい。かっこいい!
昔とは違う、手を入れられた曲は、聴く側にとっては同じ曲とはいえ、別のものになってしまうということを表現する側のマイケルはよくわかっていたのでしょう。
ここに一番、感動し、それまで「ふ~ん」で過ぎていたマイケル・ジャクソンの存在が急に大きなものとして迫ってくるようでした。
そして、コンサートのために準備された演出の数々。
これは、このコンサートは見てみたかった。
DVDでもいい、実際にやってみてほしかった。
そう思わずにはいられません。
舞台セットもさることながら、昔の映画にマイケルが登場する形で作られた映像や影を利用した演出、ファンがどこでどう反応し、盛り上がるか計算されたステージの進め方。
映画が終わりに近づくにつれ、
「ああ、この人はもうこの世にいないんだ」
と切なくなってきました。
6月に訃報を聞いたときとは、明らかに私の心情は変わっていました。
本当にもったいない人を亡くした。
もっともっと表現していてほしかった。
マドンナが
「私たちは彼を見捨てたのです」
というようなことを言ったそうですが、その意味が少しわかったような気がしました。
今年は本当にスターが次々と亡くなります。
スターにとって、人生は幸せなものなのかどうか、そんなことを考えながら、眠りました。
2009-11-11 Wed
昨晩、大雨が降った。家に帰り着いて車を降りると、当然のことながら、車はぬれている。
そんな車を見ていたら、
「拭きたい!」
と強烈に思った。
私は日頃、車を洗わない。
走って目的地に連れてってくれればそれでいいと思っている。
そんな私に車好きの家族Eは我慢できないらしく、時々洗ってくれる。
しかし、最近は家族Eも忙しいらしく(?)、自分の車は洗うが私の車には手を出してくれなくなっている。
洗われないまま日を重ねた私の愛車は、連日の砂埃や時折落ちてくる鳥の忘れ物、どこで付いたのか墨のような液体が付着し、けっこう汚くなっていた。
ガソリンスタンドで給油していると、「洗車用のプリペイドカードがお安くなっているキャンペーン中です」と店員さんが声をかけてくるのだが、私の車めがけて来ているような気さえしてしまう。
私の父は、いつも車をきれいにしている人で、車を洗うところから、拭き取り、ワックスがけ、柔らかな布で拭き取りと洗車となると一日仕事だった。
しかも、歯ブラシや爪楊枝まで使うほどのていねいさ。
そんな父の姿を見て育った私は洗車するときは徹底してやるが、「洗車は大変」という印象が強く、やるとなると大変だから避けて通りたいというわけで、たいてい車は放っておかれた。
さて、大雨にぬれた車を見た私は、
「ここで拭けば、けっこう汚れは落ちる」
ということに気づいた。
ワックスがけまでしなくちゃと思うから、気が重いのであって、見た目きれいならそれでいいではないか。
そうだ、そうだと考えて、さっそくぞうきんを4、5枚出して、拭き始めた。
大きな雨粒は、そうきんをすぐぐっしょりとぬらした。
窓ガラスを拭き、ワイパーを拭き、車体を拭き、どんどん黒くなるぞうきん。
汚れが取れている証拠とうれしくなった。
使い終わったぞうきんをバケツに投げ込んで、次々に新しいぞうきんを投入。
暗闇で、車のまわりをごそごそ動き回っている姿は怪しい限りだが、10分ほどで終了。
きれいになって気分もすっきり。
ぞうきんはそのまま洗濯機に洗ってもらった。
自分で洗うとなると、それも手間だし、手間だとやりたくなくなるもんね。
おかげでぞうきんもきれいになり、洗濯竿ではためいている。
あ~、すっきり。
気持ちいぃ~。
2009-11-09 Mon
先週末、ほとんど家を空けていた。帰ってみると、ご飯が用意されていた。
う、う、うれし~。
まあ、事前に「作っておいてちょうだい」と家族に頼んでおいたのだが、実際、作ってあるのを見ると感動する。
疲れが軽減される。
オムライスであった。
ちゃんと卵を焼いて載せてくれた。
台所のすみに置かれた料理の本がほほえましかった。
ふと見ると、洗濯物が部屋に干してあった。
「洗濯もしてくれたんだ」
「干すのが遅くなって、中に干したんだけどね」
助かる~。
ご飯を食べ終わって、歯を磨きながら、ぶらぶらしていた。
ふと見ると、干してある洗濯物の中にブラジャーが。
ブラジャーが……。
な、なにぃ~~~~~!!!!
これはやばい、やばいっす!
我が家は女性陣の下着は別の洗濯かごに入れている。
洗濯の仕方が違うからだ。
ふつうのシャツやタオルのように、グルグル洗って、ぎゅーっと絞ってというわけにはいかない。
布地がデリケートだし、ワイヤーが入っているものはグルグルぎゅ-っとやったら曲がってしまって使い物にならない。
なのに、なのに…。
「あのさ」
と家族に声をかけるが、それ以上、怖くて訊けない。
ワイヤーが曲がっていたとしたら、買い替えだ!
一枚5000~7000円ぐらいするんだ。
全部で一体いくらになるんだ?
ここんとこ忙しくて、週末にまとめて洗っちゃおうと取っておいたのが裏目に出た。
もし、「ふつうコースで洗ったよ」と言われたら、怒り心頭、殴っちゃうかもしれない。
いや、待て待て。
家族はわざわざ洗ってくれたのだ。
その事実にまずは感謝すべきだろう。
しか~し、被害は甚大。
ちまちまと買い換えていたのに、ここで大赤字だよ~~~。
歯を磨きながら、心を落ち着け、呼吸を整えながら(?)うがいをした。
「あのさ、訊くの怖いんだけど、これってふつうに洗った?」
「うん、ふつうに洗ったけど、何かあった?」
さらっと答える悪気のない家族に、
「あああーーーー」
と頭を抱える私。
「どうしたの?」
「いや、いや…」
しばし、沈黙。
このまま黙っちゃいたいところだけど、伝えておかないとまた同じことが繰り返される。
(そこまで大げさなことじゃないが)
「実はね…」
と事情を話した。
家族は
「そうなの? 曲がってたら、買い換えればいいんじゃない? まずは使ってみて」
たしかにそうだな、と思いつつ、心を一生懸命立て直すたぬきであった。
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